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万人幸福の栞

倫理の17カ条

倫理研究所を創設して「純粋倫理」を宣布した丸山敏雄は、そのエッセンスを17ヵ条の標語に要約して生活の指針としました。ここにそのすべてを列挙し、それぞれの要点をやさしく述べてみます。

第一条 今日は最良の一日、今は無二の好機

〈日々好日〉

寒い日、暑い日、晴れた日、雨の日といろいろあるけれども、どの日がよくてどの日がわるいということはない。今日が、いちばんよい日である。その今日は、今のこの一秒の集積にほかならない。今が最良のときだと心得て、気づいたことを直ちに行おう。



第二条 苦難は幸福の門

〈苦難福門〉

病気や災難・貧苦・家庭不和など、生きていればさまざまな苦難に見舞われる。それら苦難は、生活の不自然さ、心の歪みが反映した危険信号である。苦難に直面したとき、嫌がったり逃げたりせずに、堂々と喜んでこれを迎えよう。苦難の原因を取り除くべく自分を改めれば、苦難は解決し、幸福・歓喜の世界が拓ける。



第三条 運命は自らまねき、境遇は自ら造る

〈運命自招〉

人の一生は、運命というどうすることもできない力で、きまった道筋を引きずられていくものではない。自らの力できりひらくことができる。境遇も、あらかじめそう定められているいるのではない。自分の心の通りに、境遇の方が変わっていく。断固として正しい道を踏み、喜び勇んでことにあたっていくがよい。



第四条 人は鏡、万象はわが師

〈万象我師〉

人は人だ、自分は自分だと、別々の生き物だと考えるところに、人の世の不幸が生じる。人はみな、見えない次元でつながっている。他人は自分の心や振舞いを反映する鏡なのだ。人を改めさせよう変えようとする前に、まず己を改めよう。身の周りに起こる現象は、自分を教え導く師匠である。虚心にその教えを聞き、心の歪みや偏りを正したとき、周囲は意のままにおのずと変わってくる。



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第五条 夫婦は一対の反射鏡

〈夫婦対鏡〉

夫婦は一組のあわせ鏡のようなものだ。たがいに照らしあい、お互いを映しあっている。だから相手を直そうとするよりも、まず、自分をよくしていくことである。夫婦は男女両性の神聖な合一であり、一家の健康・発展やもろもろの幸福を産み出だす源泉である。



第六条 子は親の心を実演する名優である

〈子女名優〉

子は親の顔形から、立ち居振舞いや、癖にいたるまでよく似ている。のみならず親の心や行為をそのまま映し出し、身代わりに実演する。子供が悪くて困るというとき、子供を責めることなく、その原因は親にあると自覚し、親自身が改めることが先決である。



第七条 肉体は精神の象徴、病気は生活の赤信号

〈疾病信号〉

肉体は心の容れ物、心の表れである。病気は一般に知られている原因のさらに奥に、真の原因がある。それは心の不自然なゆがみ・偏りで、生活の暗影(不自然さ)が自分の肉体に赤信号として現われたものだ。朗らかな、ゆたかな、うるおいのある心になれば、病気は自然に治癒していく。



第八条 明朗は健康の父、愛和は幸福の母

〈明朗愛和〉

一人の明朗な心は、肉体の健康、家庭の健康、事業の健康のもとである。明朗な心を、一日も一分も曇らせてはならない。己が掲げた明朗のともしびで、他人もまた救われる。愛に満ちあふれて、皆がそれぞれにふさわしい場にあるさまを和という。宇宙は大和の姿であり、愛和はすべての幸福のもとである。



第九条 約束を違えれば、己の幸を捨て他人の福を奪う

〈破約失福〉

大自然のきめごと(法則)は、守らぬと身を亡ぼし、命を失う。しかし人がきめた規約や約束は甘く見られている。これは大変な錯覚だ。約束はどんなことでも守り抜こう。まずは時間を守ることからはじめよう。法の網をくぐって手に入れた金銭・財産は、得をしたようで、その人の身につかないばかりか、かえってその人を、家を、不幸にする。




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第十条 働きは最上の喜び

〈勤労歓喜〉

人はただ生きているだけでは、何の意味もない。働いてはじめて生きがいがある。働く人は健康であり、長命である。働きが一切、働きが人生、働きが生命である。真心で働いたとき、かならず「喜び」という報酬が得られる。それは他のどんな喜びにもかえることはできない。喜んで進んで自分の仕事に邁進しよう。



第十一条 物はこれを生かす人に集まる

〈万物生々〉

物は大切に使うと、持ち主のために喜んで働き、粗末にあつかえば、反抗したり、ときには喰ってかかる。物は人とおなじように生きているからである。物をよく働かせる人は物にめぐまれていく。とりわけ物を象徴し、すべての財を具象した金銭は、もっとも敏感な生き物である。金銭はその人の努力に正比例し、欲心に反比例して集まってくる。



第十二条 得るは捨つるにあり

〈捨我得全〉

物事はいつも順調に運ぶとはかぎらない。どうしても出来ないこともある。にっちもさっちもいかない絶体絶命のとき、どうすればいいか。思いきって欲心を捨ててしまう。何の未練も、予想も、後悔もなく、きれいさっぱり捨ててしまう。ときには生命すらも投げ出す覚悟を決める。すると、予想だにしなかった好結果が生まれる。私情雑念をさっぱりと捨てて、明朗闊達な心境に達したとき、かならず危難から逃れられる。



第十三条 本を忘れず、末を乱さず

〈反始慎終〉

枝葉のことには気をつけるが、何事につけても本を忘れがちである。初心を忘れ、受けた恩を忘れるから、いつしか怠け、過ちをおかす。わずかな困難にも耐えることができない。常に本を忘れず、また後始末をきちんとすることが大切である。とりわけ、わが命の本である両親の恩を思い、祖先を敬する心を培おう。



第十四条 希望は心の太陽である

〈心即太陽〉

都合がよいから希望をもつのではない。一度しかない人生、二度と出くわすことのない仕事だから、その前途に燃えるような希望をもつのだ。うまくいかないから望みを失うのではない。望みをなくすから、崩れていくのである。希望はいくら灯しても尽きることのない永遠の光である。




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第十五条 信ずれば成り、憂えれば崩れる

〈信成万事〉

自信のないことは失敗する。憂え心を抱いて弱気になると、物事はうまくいかなくなる。きっと出来るという信念が、そのことを成就させる。信は力である。決心も誓いも祈りも信の現われである。人の世の交わりは信によって成り立つ。信は、動いて愛となる。乱れは、信の欠けたことから起こる。



第十六条 己を尊び人に及ぼす

〈尊己及人〉

世の中に、たった一つしかない宝というべき自分自身の個性を、できるだけ伸ばして、人のために働き、身をささげよう。それが自分を尊ぶことになる。己を尊ぶの極は、ささげることにある。ささげつくして己が無くなったとき、一切が己となる。



第十七条 人生は神の演劇、その主役は己自身である

〈人生神劇〉

宇宙の生命、統一の中心、万象の根源、これを神あるいは仏という。神は幽なるもの、すべてはそこに一と統べられている。人生も、自分だけの小さな知恵や力を超えた、もっと大きなものによって動かされ、創られていく神の演劇である。私たちはその演劇の主人公であるから、演出の作法である純粋倫理に則して、力いっぱい生き抜いていこう。